自律性を育てる

今回も前回に続いて発達段階の1つである「自律性が備わる時期」に関連して書いてみます。

 

これは2歳ぐらいの時期なんですが、オムツからパンツに変わる時期ですね。

 

親に守られて、親の一部となっていた乳児期から、1人の人間としての自分へ移行し始める時期です。

 

トイレに関して言えば、自分のしたいときにしていた乳児期から、トイレで用を足すという命令・制限・圧力・禁止がかかってくる時期です。

 

この時期から、親御さんも厳しくなってくる時期ですね。子どもにいろいろなことを要求するようになります。

 

つまり、これまでは子どもペースで生きてきた赤ちゃんが、親のペースを要求される時期です。それは、他の子達との成長の比較をするようになるからなのかもしれません。

 

「早くしなさい!」「まだできないの!」「何回も言ってるでしょ!」と厳しくしてしまうことが次第に多くなります。

 

子どもからすると今の状態を歓迎されていないと感じるようになるようです。親との基本的信頼が崩れ始めることになります。

 

このような厳しい接し方をたくさんしてしまうと、子どもは緊張したり萎縮したりしてしまうようです。

 

ですから、この時期は「待つこと」が大事になってきます。

 

そして、今の状態をせかさずに喜んであげることが大事です。他の子や兄弟との比較はせずに成長を喜んであげると自律性が育つようです。

 

 

 

 

これを受験勉強におきかえるとすると、子どものペースで待つことの重要性を指摘することができるかもしれません。

 

読み書き計算ができた最初の時期を「学習の乳児期」と考えてみてください。

 

1つでもできるようになった最初の時期は、純粋に子どもの成長を喜んでいたはずです。

 

文字を読めた。文字を書けた。数字が理解できた。足し算ができた。一つ一つに一喜一憂していたのではないでしょうか。

 

そういう「学習の乳児期」では、保護者が何でもできるようになれば喜んでくれるので、子どもは伸び伸びと学習することができます。

 

しかし、それが学校に入り点数がつき、競争がするようになってから、純粋に子どもの成長が喜べなくなってきます。

 

「うちの子は遅れてるかもしれない」「これぐらいできていないと困る」「もっとできるようにさせたい」と。

 

できるようになったよ!と子どもが言っても、あまり喜んでくれず「もっともっと」と親のペースで次から次へとミッションが与えられます。

 

そうすると、子どもは「あれ?なんか変だぞ?」と感じ始めます。

 

特に受験が近づいてくると、とても「早く早く」と急かされます。できるようになったことをあまり喜んでもくれないことに対して、急げ急げと急かされるのですから。

 

これで勉強が嫌になっちゃう子も多いんじゃないでしょうか。

 

子どものペースに任せてたら入試に間に合わない。

 

確かにその通りです。

 

 

 

子どものペースに任せるか否かで、受験を通して、次の3パターンの結果になることが考えられます。

 

①子どものペースは考えていられない。入試に間に合うかどうかが大事。子どもの学習の自律性を育てるのは二の次でいい。とにかく今は学歴が欲しいと、スパルタ式で詰め込んで進学校に放り込めた

 

②子どものペースは考えていられない。入試に間に合うかどうかが大事。子どもの学習の自律性を育てるのは二の次でいい。とにかく今は学歴が欲しいと、スパルタ式で詰め込んで進学校に放り込もうとしたが失敗

 

子どものペースを大事にして学習の自律性を育てることを重要視する。その結果で進める学校に入ればいい。つまり結果は問わないので、入試で成功とか失敗という概念がない。

 

 

①はまだ結果がついてきたので最悪のケースにはなっていませんが、②のケースが最悪ですね。学習の自律性は育たないし、得られた結果もないからです。

 

能力が高い子はそもそも子ども自身の学習ペースが早いので①でも食らいついていけるかもしれません。ですから自律性が育たないということはないかもしれません。

 

しかし、②のような結果になってしまう場合の多くは、子どもの学習ペースと入試で要求される学習ペースがあまりにも違いすぎているんだと思います。

 

②のケースにならないように親御さんは、子どもの学習ペースをよく観察してあげてください。それを見ないで進学塾に放り込んでお尻を叩いて勉強をやらせても、結果を伴わないだけでなく、子どもの学習の自律性までも育たなくなってしまいます。

 

②のケースになりそうな場合には、③のように子どものペースを大事にして、学習の自律性を育てる方にシフトしてあげてください。

 

 

 

そもそも、受験勉強はそのプロセスの方が大事だと思いますよ。合格したかどうかは「子どもの成長(子どもの学習の自律性を育てる)」という点からみたら二の次ではないでしょうか。

 

だって「どこの学校に入ったか」どうかって長い人生でみたら、ほんの一瞬のことじゃないですか。

 

それよりも一生かけてでも備わった方がいいのは「学習の自律性」の方でしょう。

 

学習することでできるようになった喜びを味わえるようになれば、大人になっても学び続けることができます。

 

 

子どもはゲームなどが上達する方に快感を覚えることが多いです。でも本当は、「学ぶことから得られる喜び」からも同じように快感を感じることができたはずだったのではないでしょうか。

 

学んでできるようになっても、あまり褒められなくなった。つまらないとどこかの時点からそう思ってしまうようになったということもあると思います。

 

 

 

もちろん子どものペースでやっていたら間に合わないので、どうやったら最短で得点を伸ばせるかは考えてますよ。そこが塾屋としての腕の見せ所ですから。

 

 

 

 

塾の現場では「厳しく指導して下さい」と親御さんに頼まれることも多いです。

 

でもそれって子どもの成長を待つという点では逆行してますよね。厳しくやって萎縮させてしまっては子どもの成長のチャンスを奪ってしまっている可能性もあります。

 

厳しくすることは、考えさせないということですよ。

 

お前は考えなくていい、俺に言われたことだけやっていればいいということですからね。

 

子どもの成長期に、恐怖を与えながら厳しくやっていたら、考えない子ができあがります。

 

それで入試の結果が瞬間的に良かったとしても、言われたことしかできないようになってしまっては、長い人生でみたらとても心配に感じてしまいます。

 

 

もう令和の時代です。

 

そういう根性論的な生き方でやっていけるのは、年功序列、終身雇用の昭和時代だけじゃないですか。

 

これからは、王道の成功モデルも少ないですし、社会の変化のスピードが速すぎて一時的に有効だった成功モデルさえその再現性は低くなっていくような時代です。

 

つまり、何が正解だか答えのわからない時代に今の子供達は生きています。自分の頭で考えて、信じた道を信じて進んでいくしかないんです。

 

そのためには「学習の自律性」は受験期を通じても育んでいくべきだと思います。

 

その具体的な方法は、じっくり待って、小さな成長を子どもと一緒に喜ぶ。

 

それが結果的に自分の頭で考えることのできる令和にふさわしい大人になっていく道だと日々感じています。

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